商工会議所が学校を盛り立て、街で働く大人の気持ちをつないだ<横須賀商工会議所のキャリア教育(1)>


「我が街で暮らす大人は、みんな子供たちの先生」・・・神奈川県横須賀市で行われているキャリア教育が、今注目を集めています。市内の事業所に勤務する大人が「マイタウンティーチャー(MTT)」として、中学生に自分たちの仕事や生き方を紹介し、地域全体で将来の街を支える人を育てようとしています。地域資源を整備し、学校と信頼を築き、きめ細かいコーディネーターを行う担当者を置いたからこそ実現した、広がりのあるキャリア教育です。


「マイタウンティーチャー(MTT)」を軸とするこのプロジェクトを推進するのは、横須賀商工会議所に事務局を置く「よこすかキャリア教育推進事業事務局」です。中学校のキャリア教育の中心となる「職場体験」の事前・事後学習支援のための多様なプログラムを準備し、各学校のニーズに合わせてプログラムをアレンジしたり、学校に企業人を派遣したりしています。MTTには、地元の大小合わせて300以上もの事業所が協力しています。参加校も、この事業が始まった平成20年度には2校でしたが、21年度5校、22年度9校と毎年増え続け、23年度には横須賀市立の23の中学校のうち11校が、この事業に参加。学校からも教育効果が認められているのです。


地元の大人たちの協力で準備された、多種多様な支援プログラム

「支援プログラムの特徴は、単に職場体験の事前事後学習というだけでなく、『地元で働く大人』を身近に感じさせるものであることです。例えば、生徒6~7人とMTTが語り合う『グループディスカッション--出逢いが心を揺さぶる』では、大人が仕事の内容やそのやりがいを語るとともに、自分の中学時代を振り返り、学校で勉強したことが仕事でどのように役立っているかを生徒と話し合います。職場体験後の振り返りとして行う際には、職場体験で生徒が経験した疑問や悩みを、仲間やMTTと話し合い共有します。これらを通して生徒は、身近な大人が真剣に仕事に取り組んでいることを知り、地元を見直すことにもつながるのです」(横須賀商工会議所情報企画課 佐藤廣さん)。

他にも様々なプログラムが用意されています。MTTが、仕事道具や説明のためのパネルを持参して体育館等にブースを設け、対話形式で仕事の説明をしたり体験させたりする「ポスターセッション--私の仕事紹介します」。地元事業者や専門学校の学生が、ブースで自動車整備や理容・美容等のプロの技を実演し、生徒は自分の選んだ仕事を体験する「私の仕事教えます」。企業研修等を請け負う地元企業による「ビジネスマナー講座」等、仕事の面白さや厳しさを様々な形で体験できる仕掛けになっています。実施時期も、職場体験を行う2年生に限らず、学校が希望する学年で展開します。

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また、各学校が地域の特色に合わせて学校独自の「自校開発プログラム」を開発し、MTTに協力を依頼することもあります。例えば長沢中学校では、学校農園で栽培したサツマイモを使った菓子のレシピを生徒が考え、地元の飲食店が調理して地域のイベントで販売するというプロジェクトを行いました。このプロジェクトを通して、生徒たちは生産・加工・販売という様々な産業の仕事を体験しながら、商品を生み出す面白さや難しさを知ることができました。また、馬堀中学校では、1年生が「地元東京湾の無人島(猿島)に観光客を集めるイベントを企画せよ」(猿島ミッション)という課題を地元の観光船の運航会社からもらい、イベントを企画提案。運航会社の社員の指導のもとで、屋台やウォークラリー等の企画を実際に運営しました。「これらの取り組みはマスコミでも紹介され、文部科学大臣や経済産業省からの表彰も受けました。プロジェクトに関わった私たちにとっても、大きな自信になりました」(佐藤さん)。


キャリア教育コーディネーターが教員に具体的なアドバイス

基本的にプログラムは、各学校の指導計画に基づいて、教員と「よこすかキャリア教育推進事業事務局」に所属するキャリア教育コーディネーターが相談して決めます。具体的な活動内容、MTTによるプログラムの位置づけなどは、学校の要望をもとに、コーディネーターが支援します。教科学習や他の行事等との関係などもアドバイスします。事務局が用意したパッケージプログラムをそのまま学校に持っていくという形ではなく、あくまでも各学校が主体となるスタイルを取ります。それが学校にキャリア教育が深く根づくことにつながると考えているのです。

具体的な手順を「よこすかキャリア教育推進事業事務局」でキャリア教育コーディネーターを務めた細野裕さんに聞きました。
「まず校長に学校づくりへの思いと、キャリア教育を自分の学校の経営や教育課程にどのように位置づけるかをお聞きし、学校の状況や、実施できるキャリア教育レベルを把握します。この結果を受け、教頭やキャリア教育を実施する総括教員、実際の担当教員と打ち合わせをします。ここではいろいろな計画書や指導案を見ながら、年間を通した具体的な指導企画案づくりも手伝います。この打ち合わせで、学校のすべきことと事務局がやることとの線引きを伝えますが、何よりも大事なのは『教員が何をしたいか』をはっきりさせることです」。


教員を啓発することでより良いキャリア教育が生まれ、他の学習にも好影響

「現場では教員が主体ですが、コーディネーターとして『これもやるともっと良くなる』ということが言えなければなりません。どれだけ上手により高いレベルを目指せるか、ですね。指導企画案作成も支援しますが、一番のポイントは『ねらい』と『具体』が釣り合っているか、またねらいが達成できたかを『評価』できるようになっているかです。その上で、プログラムの詳細を決め、MTTとの打ち合わせや調整に入り、最後に企業担当のコーディネーターが、企業の繁忙期と活動との兼ね合いの全体調整をします」。この一連のやりとりで、教員自身が、キャリア教育の指導計画の作り方を学んでいくのです。

またキャリア教育推進のために、教員向けのキャリア教育講演を行うこともあります。サツマイモの菓子を作って販売した長沢中学校では、講演会後に改めて担当教員の方々とコーディネーターとでワークショップを行い、そこで教員自身から「サツマイモづくり」が総合的な学習の時間や特別活動だけでなく、社会、家庭、美術等、教科学習でも関連した活動ができるという気づきが自覚的に生まれてきたといいます。「職場体験はキャリア教育で、サツマイモ栽培は総合的な学習の時間で、教科はまた別、しかも学年で輪切り、と考えると、何か新しいことをするたびに教員には徒労感が残ってしまいます。それらが一つのつながったキャリア教育だと気づくと、徒労感は低下し、逆にいろいろなことができるようになるのです」(細野さん)。


商工会議所がプロデューサーとなることで、学校にも企業にも地元にもメリットが

「職場体験の一層の推進が始まった頃、商工会議所には学校から企業紹介の依頼がたくさんありました。企業を学校に斡旋するのは簡単ですが、職場体験にどんな意味があるのかをきちんと説明できる人がいないまま生徒を送り込んでも、企業はどう受け入れてよいのかわからない。これでは、大人の都合で子供たちを犠牲にすることになります。長い目で見て地域を支える人を育てるために、企業にも学校にもメリットのある形をつくるべきでは、と思ったのです」(横須賀商工会議所事務局長 菊池匡文さん)。

そこで平成20年1月に商工会議所が主体となって、教育委員会、横須賀市と共に、地域全体でキャリア教育を推進するプログラム構築に向けて準備会を立ち上げ、カリキュラムの骨格をつくりました。そして、事務局を商工会議所に置き、2つの中学校を推進校としてスタートしたのです。「参加企業のメリットとして『MTTは社員教育の一環になる』ことを呼びかけました。社員は子供たちに自己の職業観・勤労観を語ることを通し、自分の仕事を改めて考える機会を得ます。彼らも一緒に育つという相互関係を説明したのです。MTTの活動を通して成長する社員を見て、企業自身が参加するメリット・意義を見つけてくれたという感があります」(菊池さん)。

事務局では「企業との調整業務を中心とする役割」と「学校との間でプログラム作成にあたる役割」のコーディネーターを分け、きめ細かい調整を行いました。「職場体験だけでは、単なるイベントになってしまいます。私たちが提供するのは、それに『つなげる事前プログラム』『振り返る事後プログラム』、職場体験というアプリケーションをうまく動かすOSだと考えています。様々な形で地域で一生懸命働く大人の姿を見せ、地域への愛着心を育て、10年・20年後に横須賀を元気にする人を育てたい。商工会議所の会員企業からも、将来の地域を担う子供たちの教育に関わることにはとても好意的な評価を得ています」(菊池さん)。

これらの取り組みを通して、学校からは生徒が落ち着いた、先生との距離が縮まったという声が聞かれます。また、地域の人が学校へ自然に足を向け、大人が子供たちに気軽に声をかけられるようになったとも言います。将来を見据えて地域の産業人を育てるために、経済団体が企業と行政を巻き込んで進めたキャリア教育事業は、失われつつある地域のコミュニティの再生にもつながっています。そして、このプロジェクトをしっかりと支えているのがキャリア教育コーディネーターなのです。