横須賀市・横須賀市教育委員会と連携した横須賀商工会議所のキャリア教育(2) 横須賀商工会議所情報企画課 佐藤廣氏に聞く


平成23年3月に行われた第1回キャリア教育アワードで準グランプリを受賞したのが、横須賀商工会議所の「中学生『自分再発見』プロジェクト」です。横須賀商工会議所が中心となって横須賀市・横須賀市教育委員会と連携し、よこすかキャリア教育推進事務局を立ち上げ、キャリア教育のプログラム作りから深くかかわり、コーディネーターの役割を担うという画期的な取り組みが高く評価されました。全国にある商工会議所の中で、なぜ横須賀がこのような取り組みができたのか。情報企画課の佐藤廣氏にうかがいました。

 

◆そもそも、なぜ商工会議所が中学生のキャリア教育に取り組むことになったのでしょうか

今から8年ほど前、ニート・フリーター問題が深刻化している中で、当時の会頭が、若者がハローワークに多く通う姿を見て、将来企業を支える若者の働くエネルギーが減退していけば、必ず地域経済が疲弊していくことを憂い、当所が人財育成に注力していくことを提唱しました。それを受け、平成16年度から、ニート・フリーター対策として、独自でキャリアサポート事業を始めました。具体的には、雇用能力開発機構の職業訓練制度「デュアル訓練」を受託して、3ヶ月の座学と1ヶ月のOJTのプログラムを始め、インターンシップなど、産業人予備軍である若者が参加できる様々なメニューを展開するほか、新たに取得した技能のみならず、現在までの人生の転機となった軌跡(クラブ活動、ボランティア活動など)も、「キャリア」と位置づけ、より体系化して自分自身を立体的に表現できる「キャリア認定証」を会頭名で発行し、就職に役立てていただく制度も構築しました。結果として、この制度が、厚生労働省の「ジョブ・カード制度」の原型となりました。

この事業展開を通じて顕在化したことは、このままでは、ニート・フリーターは増加していくばかりで、対症療法ではなく未然に防ぐ対策が必要ということでした。そのためには、義務教育段階から、産業界が深く関わり、地域への愛着心や働くことの意義などを、子どもたちに地域で働いている人が直接語ることが必要であることを、実感したわけです。

もう一つの背景として、横須賀は、少子高齢化と人口減少が急激に進んでいます。それだけでなく、以前横須賀市(都市政策研究所)が小中学生に取ったアンケートで、子どもたちの25%以上が「将来この町に住みたくない」と答えたのです。しかも、その理由のトップが「働くところがないから」でした。私たちは、これに非常な危機感を持ちました。このままでは、若い人が減っている上に、他の地域に流出してしまって、産業はますます衰退してしまう。今何とかしなければならない、と。

そこで私たちが考えたのは、将来の横須賀を担う人材は地域で育て、活躍する場を作ってあげよう。そのためには、地域の産業が積極的に教育に関わって、地域で一生懸命働いている大人の姿を見せて、地域への愛着心を育て、10年後・20年後に横須賀を元気にする人を育てよう、ということです。

 

◆商工会議所は、どのような立場でキャリア教育に関わっているのでしょうか

実は平成17年度に、文部科学省がキャリア教育推進の一環として、横須賀市において教育委員会が主管となり「横須賀市キャリア教育推進協議会」を立ち上げ、各方面の方々が、委員として召集され、当所も参画をいたしました。しかし、その段階では、「キャリア教育=職場体験」というイメージが強く、産業界と学校現場との共通認識を持つまでには、大変な時間がかかったようです。

このようなことから、協議会の議論は限定的な内容に終始するため、まずは教育委員会と当所で実践することが必要と考え、協議会事務局を担当していた指導主事と具体的な検討に入りました。まずは、学校現場で何が行われているかを、当所の会員企業に知ってもらうことを目的に、教育委員会と当所の共同で「キャリア教育通信」という情報紙を作成し、生徒たちが学校でどのような地域とのかかわりを体験しているのかなど、具体例を掲載し、当所は会員向け会報に折込み、教育委員会は、学校、PTAや保護者に広く配布して、理解を深めることからはじめました。

さらには、本気でキャリア教育を推進するためには、商工会議所は、職場体験の受け入れ先を紹介する受け皿になるのではなく、教育委員会と共に、お互いの立場を理解し、より生徒たちが、働くことに対して"気づき"を感じられるようなプログラムを共同で構築することが必要ということを、認識し合ったわけです。そこで、当所が主体となって、平成20年1月に教育委員会、横須賀市(都市政策研究所)とともに、地域全体でキャリア教育を推進するプログラム構築に向け、準備会を立ち上げました。ここまでは、事務局長が主体的に取り組んでおり、私も準備会に加わるように指示を受け、この意義深い事業に携わることとなりました。

当所でプランの骨格を作り、それをもとにメンバーが意見を述べて、完成させました。一つの課題は、総合的学習の時間の全体プログラムを、このプロジェクトと一緒になって構築する柔軟性を持った学校があるか、ということでした。この課題は、教育委員会の指導主事が奔走し、2校(不入斗中学校、坂本中学校)のエントリーがあり、クリアしました。

ここから、実践校2校の総括教諭が加わり、下記の3項目を前提に、プロジェクトとして初の年間カリキュラムを構築しました。
 1.年間プログラムを一貫したものにする
 2.目的を共有し、それぞれが役割を果たす
 3.効果検証を行う
そして、このカリキュラムに則り、平成20年4月に、「産業界発!自分『再発見』プロジェクト」を、不入斗中学校の2年生を皮切りにスタートさせました。

すべてが初めてで、試行錯誤の1年でしたが、何よりも、地域で働く様々な人たちとの出会いによって、生徒たちが沢山の"気づき"を感じたことを、関わった機関と人たちが、みんな実感したことが、大きな成果でした。そのことから、平成21年度に市の政策に位置づけられるとともに、「横須賀キャリア教育推進事務局」(横須賀商工会議所内に設置)として、正式に予算化されコーディネーターを設置することが、実現したのです。さらに、幸運だったのは、以前からキャリア教育の重要性を提唱し、実践していた中学校の校長先生が退職を機に、力強いコーディネーターになってくれたことが、この事業を飛躍的に発展させていくきっかけとなりました。


◆具体的なプログラムについて教えてください

キャリア教育の象徴的なプログラムに「職場体験」を位置付けている学校が多いのではないでしょうか。このような実態から本事業では、イベント的な職場体験に、「つなげる事前プログラム」「振り返る事後プログラム」を組み合わせて、職場体験を含めた一貫したキャリアプログラムを作成・提案しています。

この職場体験を、もっと有意義なものにするためには、事前事後の学習が必要と思われます。キャリア教育推進事務局では、この事前・事後のプログラムを作り、生徒たちの「気づき」がどんどん広がっていくような一連の年間プログラムとなるよう推進校に提案しています。

具体的なメニューとしては、職業観・勤労観についてMTTとグループディスカッションするもの。地域の事業所・専門学校の協力を得て、自動車整備士・美容師・飲食業等の仕事に触れ体験するもの。また、ビジネスマナー研修や「わたしの仕事紹介します」といった企業のポスターセッションによる仕事紹介等です。このようなメニューを組み合わせて年間プログラムを作成します。作成につきましては、年度の初めに推進校の校長と学校運営についてヒアリングをします。次に、本事業に関わる学年の担当教師と、子どもたちへの学びの深め方について議論しながら、具体的なメニューの配置や年間プログラムを決めていきます。

ここまで、学校と深く連携しているにも関わらず、各校には職場体験を受入れていただく事業所の紹介を行なっていません。しかし、企業側に対しては、職場体験を受け入れる際のプログラムをつくるお手伝いをさせていただいています。このような取り組みが、結果として職場体験を受け入れていただく事業所が増え、各学校の支援につながっていくものだと思っております。


◆自校開発プログラムについて教えてください

もう一つは、学校地域を取り巻く環境を活かして行うプロジェクト型「自校開発プログラム」で、数も増えてきています。例えば、長沢中学校では、自校農園で栽培したサツマイモを商品化して売るという活動をしています。この学校では、以前から自分たちで栽培したサツマイモを収穫して食べるという校内活動を行なっていたのですが、平成22年度から本事業の推進校になることによって、「商品化し売る」というキーワードを加え、商品開発のレシピづくりや地域のイベントへの出店を通して販売するという、経済サイクルの学びを考えるプログラムに発展させました。

 

02yokosuka03nagasawa1.jpg  

 

馬堀中学校の場合は、校舎から見える東京湾唯一の無人島「猿島」を観光客でいっぱいにしようという地域活性化のテーマを子どもたちに与え、猿島の管理を委託されている地元企業に、イベントの企画をプレゼンしてもらいました。この企業は、子どもたちの夢を受け止め、子どもたちを運営スタッフに迎え「無人島文化祭」として実施し、テレビ局が入るなど話題にもなりました。

これらの企画は、コーディネーターが学校地域を取り巻く環境を把握し、学校と協議をして、プログラムに沿った相応しい企業をアレンジすることによって、実施が可能になるプログラムだと思います。


◆プロジェクトの効果はどのような形で出てきているでしょうか

社会で働く多くの大人が、生徒たちと関わっていただくといった非日常の状況は、学校だけでは実現することが難しいことであり、それが体験できるようになり、「生徒に与える影響が非常に大きく効果的なものです」という言葉が先生方から聞かれます。普段接する機会のない大人の方々と話ができるということで、生徒たちも普段の授業では見せることがないほど目の色を輝かせ、授業に積極的に取り組み、職業についての興味や視野の広がり、今後の進路を考える良い機会になったとのことでした。

また、教師も企業の方々と接することで、良い社会勉強となっているようです。プログラム終了後には、MTTと担任のディスカッション「思いを共有する時間」を設けています。MTTが担当した生徒の担任と授業の振り返りをすることで、担任も普段の生徒と違う面を再発見する場となっているようです。

この事業を立ち上げた当初は、参加企業へのメリットをどのように打ち出していくか悩みました。しかし、「社員教育の一環」という呼びかけで、今では企業自身が、参加するメリット・意義を見つけてくれたという感があります。この事業は、子どもたちが育つだけではなく、参加したMTT自身が、自己の職業観・勤労観を子どもたちに語ることによって、自らを振返り、自分の仕事を改めて考える機会ともなり、MTTも一緒に育つという相互関係が生まれているのです。商工会議所の会員企業からは、「商工会議所会員の退会を考えたが、このようなプロジェクトを行なうことに賛同するので継続することにした」といった声が届くなど、子どもたちの教育に関わることにとても好意的な評価をしています。


◆今後の展開について、どのようにお考えでしょうか

平成20年に2校でスタートした本事業も、21年度5校、22年度9校、23年度11校(全市では23校)と着実な歩みを進めています。私たちのプロジェクトに参加するかしないかは、各学校の判断に任せているのです。年度末に学校に希望を伺い来年度参加するかどうかを決めてもらうのです。そうすることによって、学校側も事務局を受け入れ、お互いに共通の目標に向かってプログラムを推進していくことが可能となります。

しかし、このプロジェクトに参加しなかった学校とは関わりを持たないのかというと、そうではありません。MTTを派遣するといった支援はしておりませんが、相談には乗るように努めています。相談内容としては、講演会の講師紹介(折衝は学校側で行なう)、効果的な年間プログラムの作成方法についてなどです。

本事業におけるキャリア教育コーディネーターは、「キャリア教育コーディネーターの業務内容」を全て行っています。その中で特に重要なのは「学校ニーズの把握」、「キャリア教育プログラム実施後の振り返り・フォローアップ=(MTTの意見を次にどう生かすか)」、「キャリア教育プログラム実施までのその他の調整と進行管理(事前調整・振り返り)」だと感じています。

大事なのは体系化したプログラムに従って、各機関と人が役割を果たすことです。1年という決められた時間で、生徒たちの発達を学校とどのように共有するのか。そして、企業やMTTに感じてもらうのか。そのためには、メニューだけを共有するのではなく「想い」を共有することです。一人のコーディネーターが関われる学校数は、10校くらいが目安だと思います。ですから、これからはコーディネーターを増やす努力も必要になりますね。そうすることによって、よりきめ細かい学校のニーズに応えられるわけですから。

一方、企業側の課題としては、1社でも多くの企業がこの事業に賛同してくれること。そして、企業からのMTTを一人でも多く増やしていくことです。それには、この事業を多くの企業に知ってもらうことですね。どんなにいいことをやっていても知ってもらわなければ意味がないですからね。そこで、事務局では、ホームページをつくり、学校でのプログラムやMTTの声などを発信していますし、商工会議所が発行する会報紙やタウン誌などを活用し、企業をはじめ広く市民にも情報を発信しています。キャリア教育を、産業界・教育界・行政で進めていくのであれば、それぞれが機能できる環境づくりが必要です。環境があってはじめて、コーディネーターが活躍できるのではないでしょうか。

 

02yokosuka05sato.jpg  

 横須賀商工会議所の佐藤廣さん(右から2番目)。本事業の事務局と共に担う、横須賀教育委員会の指導主事(左から海野さん、北川さん、一人おいて溝口さん)。